熊本城マラソン報告

熊本城マラソン、予告通りの格好で走ってきました。

タイムは予告通りではなかったけど、今年の極寒のコンディションでは及第点だったと思います。

寒い中、大会運営にあたってくださった関係者やボランティアの皆様、大変有難うございました。また、沿道から大きな声でご声援をくださった方々、本当にありがとうございました。

それから、なかば半強制的に応援に召集される僕の家族にも有難うございました。

写真は、クリニック近くの35km地点。

リクエストしていたコーラを次女から受け取るところです。力水でした!!

熊本城マラソン

明日は第9回熊本城マラソンですね。

僕は第1回から連続出場中です。

明日は、この格好で走ります。

今日は、待合室で皆様をお迎えする「おもてなし」をしております。

お気軽にお声掛け下さい(答えません、、、)

 

追伸:明日、マラソンの応援の方々は、当院の駐車場を利用して頂いて構いません。

あいにくの雨のようですので、風邪をひかれませんように。

3年ぶり。ただいま、済生会熊本病院

働き方改革 第2弾

土曜日の終日診療に伴い、空いた水曜日で済生会熊本病院の消化器外来を担当します(非常勤医師として)。

これで、「拠点病院→クリニック→在宅」まで、1人の患者様を、主治医が変わることなく、1人の医者が診療することが出来ます。

少しずつ目標とする医療環境が整いつつあります。

土曜診療時間変更のお知らせと、「改めて塩屋の想い」

これまで、土曜日は9時~13時の診療としておりましたが、患者様方から、

「検査を受けたいが、土日しか休めないからなかなか受診出来ない」という声をよく聞いておりました。

そこで、20201月から土曜日の診療時間を、9時~17時(受付16:45まで)に変更致しました。

これにより、例えば、土日しか休みが取れない人などにも、内視鏡検査(特に1日がかりの大腸検査)を受けて頂くことが出来るようになりました。

 

以前にもお伝えしたことがあるかと思いますが、改めて塩屋の想いです。

病気がみつかることを恐れる必要はありません。

治せる病気を見つけられるチャンスを逃すことの方が怖いのです。

日本人の2人に1人がガンになる時代と言われています。

残念ながら、癌を予防する力は、まだ今の医療にはありません。

しかし、早期に発見すれば、ガンを治す力はあります。

どうか、勇気を持って検査を受けて下さい。

 

なお、土曜日の診療時間変更に伴い、水曜日を休診とさせて頂きますので、どうぞご了承下さい。

新年あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。

20191月に産声をあげました、しおや内科・内視鏡クリニックですが、お陰様で115日に無事に開業1周年を迎えることが出来ます。

これもひとえに皆様のご指導・ご鞭撻のお陰と深く感謝申し上げます。

まだまだ至らぬ点もあると存じますが、スタッフ一同、皆さまの健康ライフのお役に立ちたい、との思いで、日々の診療に邁進していく所存です。

地域の皆様に必要とされるようなクリニックに育っていくよう努力して参る所存でございますので、今後ともご支援賜りますよう何卒よろしくお願い申し上げます。

            しおや内科・内視鏡クリニック 一同

「30年前の君へ」 

熊本医師会の会報誌に寄稿した文章ですが、少し反響を頂いたので、こちらにも記載させて頂きます。(著作権は僕にあるはずなのでいいですよね?)
塩屋という人間が、どういう想いで医師という仕事を選んだのか知って頂けるかと思いますので、ちょっと(かなり)長いですが、ご興味があれば、どうぞお読みください。
「30年前の君へ」
はじめまして。
平成311月に江越に「しおや内科・内視鏡クリニック」を開設致しました塩屋と申します。
宮崎県の西都市という田舎町の出身です。
私は常々、「人生はご縁とタイミングと決断」を信条として考えておりますが、高校生の頃までは本気でパイロットになりたくて、休日は(飛行機を眺めに)空港に通い、英会話学校に通い、航空大学校志願だった自分が、まさか熊本でクリニックを開業するとは、、、
それこそ、高校時代の自分が30年後の自分の状況を聞いたら、絶対信じないでしょう。
いったい、どういうご縁で、どういうタイミングで、どう決断して、今の状況になったのか、高校時代の自分に納得してもらえるよう説明してみたいと思います。

高校12年と、周囲の同級生が模擬試験の志願校に有名大学や医学部をマークするなか、君は志願校リストに記載さえされていない「航空大学校」を「その他」の欄に書いてたね。
当時、パイロットになるには、裸眼で1.0以上の視力が必要だったけど、君は、田舎の出身だったから(かは分からないが)、ずっと、両眼とも2.0だった。それが、高校3年になって、突如、視力が落ち始めた。1.0を切った時点で、パイロットの道は諦めざるを得なくなった。そしたら、今度は、航空管制官になりたい、と言い出した。だから、今度は模擬試験は、さらに志願校リストに載っていない「航空保安大学校」だ。しかし、高校3年の秋くらいには、管制官になるために必要な裸眼視力0.7も切ってしまった。それでも、どうしても航空関係に進みたかった君は、結果的に、某大学の某工学科を受験したけど、見事に落ちた。
そこから紆余曲折あって、最終的には、航空とは関係ない某大学へ進学した。ただ、君の中には、「何か違う」という気持ちがずっとあった。それで、「自分が本当にやりたい仕事は何なのか?」と、少しでもヒントを得ようと、あらゆるジャンルの本を読んだ。大学の講義も出ずに。
その時に出会ったのが、当時はまだホスピスという言葉も定着していない時代だったけど、ホスピス医の先駆け的な活動をされていた山崎章郎先生が執筆された「病院で死ぬということ」だった。
その本の中に、こう書かれていた。
「もう余命いくばくもない患者様が、最期にワインを飲みたいと言ったら、私は薬ではなく、ワインを処方するだろう」この1節を読んで、
「これだ!自分がやりたいのはこういうことなんだ」と思った。
 
君は人が好きだし、人の世話を焼くのも好きだ。要するにおせっかいだ。
人とかかわる仕事をしたい、それもその人にとって深い部分でかかわれる仕事、その点、命と対峙する医師という仕事ほど、人と深くかかわれる仕事はないんじゃないだろうかと考えた。
そして気づいた。
君は、ほんとは高校の頃から医者になりたかったんだ。
ただ、医者とは無縁の家庭環境で、決して裕福でもなく、成績も中途半端にいいくらいで、医者になろうなんて、現実的には考えられなかった。
 でも、緩和医療のことを知って、心の底から医者になりたいと願った。
当時の日記には、「必ず良い医者になるから、どうか医者にならせてください」と書いてある。いったい、どんな医者が良い医者なのか、誰にお願いしてるのかは知らないが。
いずれにしても、君はようやく本気で目指せる目標が出来た。それで大学1年生の夏休みに宮崎の実家に帰省して両親に頭を下げた。「あと1回だけ挑戦させてほしい」と。
経済的には厳しい家庭だったけど、父は「お前の人生だ。お前の好きなようにしろ。親として、子供の夢を叶えてあげることが親の務めだ」と言って、背中を押してくれた。母は何も言わず、優しいほほえみで背中を押してくれた。
君は、 後期から大学を休学してしまった。つまり、受験に失敗すれば、そこで留年するしかないという形で、自分の退路を絶った。実家に戻ると甘えが出ると言って、大学のある町で一人暮らしをしながら、受験勉強を再開した。ローソンでバイト生活をしながら。
そして、その年度の3月、ようやく医学部生になることができた。 ローソンの店長とバイト仲間が祝福してくれたのが嬉しかったね。
6年後、医師国家試験をパスした君は、熊大の第二内科に入局した。
その後、八代総合病院(現、熊本総合病院)、小国公立病院で内科医として研修をし、最も多い癌種は消化器癌だと感じて、消化器科を専門にしていこうと決めた。
少し話を戻そう。 
医者を目指したきっかけは緩和ケア医だったけど、積極的治療の限界を知らずして、緩和治療は出来ない、というのが君の持論だった。
たしかに、好き好んで緩和治療を希望する人はいない。「他にもう施す手立てがなくなった」と医者に言われて、患者さんは緩和治療を選択せざるを得ない。だから、本当にもう施す手立てがないのか、その見極めが出来るようにと、あえて、緩和治療とは真逆の積極的治療の限界を知るために、急性期・がん拠点病院で勉強することにした。
結果、そこで10年半、消化器科医として、ド素人から独り立ちするところまで育ててもらった。バリバリの急性期病院で、そのactiveな職場は非常に楽しかったし、良い仲間にも恵まれて、そのまま、そこで医師人生を終えるのもいいかなと思った時期もあったね。
でも、やはり、緩和ケアへの思いが強くなってきた。結局、10年半勤めた急性期病院を辞めて、鶴田病院へ異動し、緩和の勉強をさせてもらうことにした。
鶴田病院の緩和ケア病棟で主治医をさせて頂いて、数多くの患者様の最期に立ち会わせて頂いた。その中に、時々、妙に君の心の琴線に触れてくる患者様がいらっしゃって、そんな時は患者さんと一緒に落ち込んでしまうことも多々あって、あまり自分のメンタルコントロールが得意ではない君は、もしかしたら向いてないかもしれない、と感じた。 
それで、いったん緩和からは距離を置いたほうがいいかもしれない、と思い始めた。
それと同じ頃、趣味のマラソンを通じて、開業された先輩方の話を聞く機会を数多く得られた。そんな中で、君自身も開業したい、との思いを抱き始めた。
結果、緩和ケアではなく、「内科・内視鏡クリニック」として開業に至った、というわけだ。
でも、君の気持ちの中には、やはり緩和ケアの思いがあるのは知っている。
クリニックに通院してくれている患者様が年老いて通院が難しくなった時は、訪問診療を検討するし、またその患者様が自宅での最期を希望すれば、在宅緩和治療を検討するんだろう?
長くなったけど、
視力が落ちたこと、挫折という形で他大学へ進学したことで、自分が本当にかかわりたかった仕事に気づき、両親の後押しがあって医者になれて、同僚、先輩、後輩、家族、たくさんの人たちからの支援があった。そして何よりもたくさんの患者さんが君を医者として育ててくれた。そういう、ご縁とタイミングと決断で、今の君がいる。
 
というわけで、パイロットになって空を飛び回ると信じて疑わなかった高校生は、45歳で故郷とお隣の熊本県でクリニックを開設してる。
信じてくれないだろうな~。
あ、ところで君、
30年後、君は高所恐怖症になってるよ。
よかったね、パイロットにならなくて。
職を失うところだったよ。(終)
写真は僕の人生を変えてくれた本です。

えっ、もう年末??

朝晩の冷え込みを感じるようになってきましたね。

そろそろ冬の気配かな、なんて感じてたら、2019年があと1ヵ月半しかないんですね。

いやぁ、1年早いもんです。

今年は平成から令和へ元号がかわり、みなさんも色々と感じるところがあるんじゃないでしょうか?

さてさて、しおやクリニック(正確には「しおや内科・内視鏡クリニック」)は元気に診療しております。

113日には、僕に半強制的に参加を強いられたメンバーで熊本リレーマラソンを走ってきました(パワハラじゃないですよ!)。

娘のお友達や、旧職場同僚のヘルプもあって、15人で3時間46分で無事完走しました!

今回のレースプランは、「タイムじゃないのよ、宣伝よ!」ということで、クリニックカラーの青で統一したTシャツとノボリで宣伝してきました。

(カープファンの僕はクリニックカラーは赤にしたかったのですが、消化器科で、赤は出血をイメージさせるので、DeNAベイスターズに魂を売りました)。

 

と、冗談はさておき、今年はインフルエンザの流行が例年よりも早いようです。

当院でも予防接種を開始しておりますので、まだ、接種がお済みでない方はお電話もしくはネット予約でお申し込み下さい。

それでは、みなさん、1年の締めくくり、頑張りましょう!!

「健診」について思うこと。自分のことは棚に上げて。

よく、「もうすぐ健診があるから、今はお酒を控えている」とか聞くことがありますけど、健診って合格することが目的じゃないんです。
誰とも競争する必要はないし、良い点数を取ることが目的じゃないわけで、ふだん通りの生活のまま、今の自分自身の健康状態を把握すればいいんじゃないのかな?と思うんです。
健診は、次の2項目を大きな柱として実施されます。
・生活習慣病の予防と早期発見
・がんの早期発見と早期治療
生活習慣病とは、高血圧、脂質異常症、糖尿病などで、これらの疾患は、時に重大な疾患の原因になりえるため、該当する人に「今のままだと、こういうリスクがありますよ。だから、早めにリスクを下げましょう」と教えてあげることが本来の健診の目的です。
また、現在は、2人に1人がガンになる時代と言われています。
現在の医療は、残念ながらガンになることを予防する力はありませんが、早期に見つければ治癒させる力はあります。だから、仮にガンが潜んでいたとしても、治せる段階で見つけだして、治療に繋げる。
そのためには、胃カメラ、大腸カメラ、腹部エコーなどの検査を受けてほしいのです。
たしかに、時間も1日潰しますし、費用もかかります。
検査が嫌だ、怖い、という方もいらっしゃると思います。
でも、治せるガンをみすみす治せなくしてしまうのは、消化器科医として本当に悔しいです。
 病気は時に理不尽です。
でも、どうか、勇気をもって、あなたのためだけではなく、あなたの大切な方のためにも健診を受けることを考えてみてください。
「ゼッタイ、見つけてやる」の気持ちで検査しますので。
私も、明日は自分自身の健診を受けてきます。
写真の問診項目を否定するために、今日、ランニングして体重を落とした自分のことは、すっかり棚の上にあげてますが、ふだんの思いを書いてみました。

白山通りの真ん中で愛を感じる

あっという間に今年も半分が終わり、元号まで変わり、梅雨の季節になりました。

ということは、クリニックも開設して半年ということになります。

先に開業された先輩ドクターから、「開業医は孤独との闘いだよ」と教えを受けていましたが、なるほど、先輩は嘘をつきませんね^^

そんな先日、気持ちも梅雨の天気同様、曇りな気分で車で通勤していた朝のお話。

赤信号の交差点で信号待ちをしていたところ、同じく信号待ちをしていたかかりつけの患者さん(自転車)が「せんせ~~い!!」と、それはそれは大きな声で手を振ってくださってました。まさに、白山通りの真ん中で愛を感じるかのようでした^^

お陰で、気持ちも曇り即、晴れ。それ、僕の役目なのに、こちらが元気を頂いちゃいました。

お互い元気で明日も頑張りましょう!!

 

写真はクリニック内のどこかの写真です。来院時に探してみてください。

梅雨と学会と品川駅

6月、もうすぐ梅雨入りですね。

週末、東京で開催された日本内視鏡学会総会に参加してきました。

医療の世界は日進月歩で、昨日まで当たり前だったことが、今日には当たり前でなくなってしまうことがあります。

開業医になると、なかなか学会に参加することが難しくなりますが、出来る限り参加して、知識をブラッシュアップして、常に最新のエビデンスに基づいた「今日の当たり前」の医療を提供したいと思ってます。

それにしても、都会の駅はなんであんなに広いんでしょう。診察室前モニターの自己紹介で流してますが、僕は大きな建物が苦手なんです(方角が分からなくなるので)。今回も品川駅で、無駄に往復運動してきました。熊本駅くらいがちょうどいいです^^;